ご挨拶
私達、世嬉の一酒造株式会社は大正7年より創業しています。設立当初横屋酒造といわれた蔵に、皇族閑院の宮様が訪れ、世の人々が嬉しくなる一番の酒造りを目指せという意味を込めて「世嬉の一」という名前をいただきました。この100年近い間、戦争、水害、地震などの様々な倒産の危機にも会いましたが、お客様、お取引様、当社のスタッフに助けられ、世嬉の一は元気に過ごすことが出来ました。また、当社は老舗企業と言われていますが、常に新しいことに挑戦するベンチャー企業体質です。常に名前の由来である「世の人々が嬉しくなる一番の酒造り」を目指すという精神で、若いスタッフから年配のスタッフまで一丸となって明るくがんばっています。 ぜひ当社に足を運んでいただき、楽しんでいってください。
世嬉の一酒造株式会社 Credo ~ほほえみのおもてなし~
企業DNA
一、 私たちは「感謝の心」を大切にします。
一、 私たちは「挑戦する心」を大切にします。
一、 私たちは他にない「オンリーワン」を目指します。
経営理念
「幸せの創造」
私達は仕事を通じて、お客様の笑顔を創り、その輪を少しづつ大きくしていきます。
経営ビジョン
「地域食文化の継承と革新」
気持ちの良い仲間と共に、地域食文化の継承と革新を通じて、世界が喜ぶ商品を作ります。
世嬉の一スタッフの7つの価値
1.どんな状況でもプラス発想でいよう
2.地域に触れ、共に学び、それぞれの道のプロを目指そう
3. あきらめない、なげださない、挑戦し続けよう
4.創造的に考え、実行しよう
5.仲間を認め、互いに協力しよう
6.チャレンジしている人を応援しよう
7.今に感謝し、よりよい未来を創ろう
会社概要
社名 | 世嬉の一酒造株式会社 |
代表取締役社長 | 佐藤 航(四代目) |
所在地 | 〒021-0885 岩手県一関市田村町5-42 |
電話番号 | 0191-21-1144 |
FAX | 0191-21-1143 |
代表メールアドレス | staff@ | sekinoichi.co.jp
従業員数 | 22名 |
創業年 | 1918年(大正7年)5月1日 |
法人設立 | 1957年(昭和32年)5月1日 |
取得資格/免許 | 酒類製造免許 ビール醸造免許 発泡酒製造免許 リキュール製造免許 |
沿革
1918年(大正7年) 初代佐藤徳蔵 |
江戸時代から続く熊文酒屋を初代徳蔵が受け継ぎ「横屋酒造」を創立。皇室や靖国神社などにも奉納する酒屋で、皇族 閑院の宮の宿泊先に指定されたりした。最盛期の醸造石数3500石(約630KL)に至り、岩手を二分する規模と言われ「北の濱藤、南の横屋」と称された。その後、閑院の宮様より世の人々が嬉しくなる一番の酒を造りなさいと「世嬉の一」という名前をいただく。 |
1944年(昭和19年) | 太平洋戦争中、国策に従いこの地方の酒造メーカー14社と合併し、両磐酒造を設立。 |
1947年(昭和22年) 1948年(昭和23年) |
カスリーン台風・アイオン台風の影響で世嬉の一の裏手にある河川(磐井川)が氾濫。死者5百余人、流出家屋約600戸と一関に大きな被害をもたらす。地域の市民は世嬉の一の石蔵に避難し助かりました。 |
1949年(昭和24年) | 当社の商品倉庫を改修し、映画館「新星映画劇場」となる。この時期に、中学生だった作家井上ひさし氏がお母様と蔵に住み、井上ひさし氏は切符のもぎりのアルバイトをしながら映画をみて育った。(のちに文学の蔵運動に繋がる) |
1955年(昭和30年) | 一関初となる一関自動車学校を設立。 |
1957年(昭和32年) | 両盤酒造から分離独立をし、規模を縮小して再出発をする。 |
1960年(昭和35年) | 佐藤 正が二代目社長就任。戦争、二度の水害で経営的に疲弊しつつも、世嬉の一酒造は、三蔵酒全盛期の中純米酒を発売するなど本物追及の酒を販売しました。 |
1982年(昭和57年) | 酒屋として経営が成り立なくなり、共同醸造にて事業継続を選択。 ※共同醸造(2つ以上の酒蔵が一つの工場で酒を醸造し経費を削減すること) |
1986年(昭和61年) | 遊休施設だった酒蔵群を外観はそのままに保ちつつ、博物館や郷土料理レストランに改築。地域のポケットパークとして活用。 ※バブル期だっため、蔵を取り壊し大型商業施設やホテルの開発の話があったものの、「蔵を壊すのはもったいない」という理由で、事業が好調だった一関自動車学校を売却し、その売却した資金で蔵の補修、保全、活用を行った。 |
1987年(昭和62年) | 敷地内の懐石レストラン「藤」を、より地域の良さ(自然の豊かな、豊かな文化、精神性)を伝える為、郷土料理レストラン 世嬉の一に変更する。これにより、一関の伝統食 餅料理、はっと料理を提供するようになる。 |
1989年(平成元年)
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世嬉の一に関わる文学者、島崎藤村、井上ひさしはじめ、一関に関わる文学者を顕彰しようということで、文学の蔵運動が始まる。井上ひさし氏の国語教室など、ひさし氏に多大な協力をいただき運動はつづく。 |
1994年(平成6年) | 健康と環境によいとされる「生体エネルギー実践研究会」に参加、会社で使用する水を全て生体エネルギー理論による水を使用する。 |
1995年(平成7年) | いわて蔵ビール設立 市内有志と共同で取り組む。 |
1996年(平成8年) | いわて蔵ビール発売開始。その後世界で表彰されるビールに成長する。 |
1999年(平成11年) | 現存する7つの酒蔵群が国の登録文化財に指定される。 |
2006年(平成18年) | 世嬉の一酒の民族文化物館内に文学の蔵(日本一小さな文学館)を設立する。 |
2009年(平成21年) | 東北のビールとしては初めて世界のビール大会、ワールドビアカップにて銀賞を受賞。 |
2010年(平成22年) | 初めていわて蔵ビールがアメリカに輸出される。 |
2011年(平成24年) | 東日本大震災に見舞われる。幸いお客様、スタッフに被害はなかったものの、蔵が倒壊。経営的にも息詰まる。 |
2012年(平成25年) | 三代目 佐藤 晄僖が会長に就任、 四代目として佐藤 航が社長に就任する。 これから震災からの経済的復興を行っていく。 |
2014年(平成26年) | いわて蔵ビールがアメリカへの輸出の増大と共に、台湾、シンガポールへの輸出も開始する。 |
2015年(平成27年) | 清酒 世嬉の一をロンドンに輸出開始。 |
国の登録指定文化財としての世嬉の一
大正七年に熊文酒造から引き取った後、世嬉の一酒造は大改修を行っております。その際設計したのが、小原友輔(1877〜1966)です。友輔は、東京駅を設計した辰野金吾門下で初代社長 佐藤 徳蔵の従兄弟にあたります。 広大な敷地内に建ち並ぶ、大正時代に建築された酒蔵群は洋風建築と日本古来の建築が融合した蔵になっています。
世嬉の一と文学者とのかかわり
熊文時代、島崎藤村が英語の家庭教師で滞在し、「眼鏡」という著書に蔵の事が記載されております。また、井上ひさし氏は、中学生の時に滞在しておりましたが、その後文学の蔵を通して非常にお世話になりました。また、地域の文学者(直木賞作家)三好京三氏、「村長ありき」の著書 及川和男氏など様々な文学者との交流が現在の世嬉の一を作っています。
蔵ビールの受賞歴
2017年 | ワールドビアアワードジャパンブロンズメダル (ヨイツギ) |
2017年 | ワールドビアアワードジャパンブロンズメダル (オイスタースタウト) |
2017年 | インターナショナルビアカップブロンズメダル (ゴールデンエール) |
2016年 | 第2回世界に伝えたい日本のクラフトビールグランプリ (山椒エール) |
2016年 | ワールドビアアカップブロンズアワード (三陸牡蠣のスタウト) |
2015年 | ワールドビアアワードジャパンゴールドメダル (バーレーワイン) |
2015年 | ワールドビアアワードジャパンゴールドメダル (三陸牡蠣のスタウト) |
2015年 | ワールドビアアワードジャパンゴールドメダル (スタウト) |
2015年 | ワールドビアアワードジャパンシルバーメダル (ジャパニーズハーブエール山椒) |
2015年 | ワールドビアアワードアジアゴールドメダル (三陸牡蠣のスタウト) |
2015年 | インターナショナルビアカップブロンズメダル (三陸牡蠣のスタウト) |
2015年 | インターナショナルビアカップブロンズメダル (ジャパニーズハーブエール山椒) |
2015年 | インターナショナルビアカップブロンズメダル (ホヤスモークエール) |
2015年 | インターナショナルビアカップブロンズメダル (インディアペールエール) |
2015年 | Beer1グランプリ スタウトポーター部門グランプリ (三陸牡蠣のスタウト) |
2014年 | インターナショナルビアコンペティションゴールドメダル (ゴールデンエール) |
2014年 | ワールドビアアワードアジアゴールドメダル (ジャパニーズハーブエール山椒) |
2014年 | ワールドビアアワードアジアゴールドメダル (バーレーワイン) |
2014年 | ワールドビアアワードアジアシルバーメダル (スタウト) |
2013年 | インターナショナルビアコンペティションゴールドメダル (ジャパニーズハーブエール山椒) |
2013年 | ワールドビアアワードアジアゴールドメダル (ジャパニーズハーブエール山椒) |
2013年 | ワールドビアアワードアジアゴールドメダル (三陸牡蠣のスタウト) |
2012年 | インターナショナルビアコンペティションブロンズメダル (スタウト) |
2009年 | インターナショナルビアコンペティションブロンズメダル (サマーブロンド) |
2008年 | ワールドビアアワードシルバーアワード (三陸牡蠣のスタウト) |
2008年 | インターナショナルビアコンペティションシルバーメダル (インディアペールエール) |
2008年 | インターナショナルビアコンペティションシルバーメダル (キャラメルエール) |
2008年 | インターナショナルビアコンペティションブロンズメダル (ショコラスタウト) |
2007年 | ジャパンビアカップゴールドメダル (スタウト) |
2007年 | ジャパンビアカップブロンズメダル (ペールエール) |
2007年 | インターナショナルビアコンペティションブロンズメダル (サマーブロンド) |
2007年 | インターナショナルビアコンペティションブロンズメダル (三陸牡蠣のスタウト) |
2006年 | ジャパンビアカップゴールドメダル (三陸牡蠣のスタウト) |
2003年 | ジャパンビアカップブロンズメダル (パッションエール) |
2000年 | モンドセレクション銅賞 (パッションエール) |
1998年 | ジャパンビアカップシルバーメダル (スタウト) |
1998年 | ジャパンビアカップブロンズメダル (ヴァイツェン) |
1997年 | モンドセレクション金賞 (ヴァイツェン) |
1997年 | モンドセレクション銀賞 (スタウト) |
清酒 せきのいちの受賞歴
平成28年度 | 第98回南部杜氏 自醸清酒鑑評会 優等賞 |
平成26年度 | 第96回南部杜氏 自醸清酒鑑評会 優等賞 |
平成19年度 | 全国新酒鑑評会金賞受賞 |
平成17年度 | 全国新酒鑑評会金賞受賞 |
平成17年度 | 岩手県新酒鑑評会 第一部 大吟醸 銀賞 |
平成17年度 | 岩手県新酒鑑評会 第二部 全農岩手県本部長賞(2年連続) |
平成17年度 | 岩手県新酒鑑評会 純米の部 金賞 |
平成16年度 | 全国新酒鑑評会 優等賞 |
平成16年度 | 南部杜氏自譲鑑評会 優等賞 |
平成16年度 | 岩手県新酒鑑評会 第一部 岩手県知事賞 |
平成16年度 | 岩手県新酒鑑評会 第二部 全農岩手県本部長賞 |
平成15年度 | 東北清酒鑑評会 吟醸酒の部 優等賞 |
平成15年度 | 東北清酒鑑評会 純米酒の部 優等賞 |
平成15年度 | 南部杜氏自醸酒鑑評会 優等賞 |
平成14年度 | 東北清酒鑑評会 吟醸酒の部 優等賞 |
平成14年度 | 東北清酒鑑評会純米酒の部 優等賞 |
平成13年度 | 東北清酒鑑評会 吟醸酒の部 優等賞 |
平成13年度 | 南部杜氏自醸酒鑑評会 優等賞 |
平成12年度 | 東北清酒鑑評会 吟醸酒の部 優等賞 |
平成12年度 | 東北清酒鑑評会 南部杜氏自醸酒鑑評会 優等賞 |